ジャパネスク・アヴァンギャルド「燃えつきた地図」。
「燃えつきた地図」(1968年・日本・カラー)
監督 勅使河原宏
原作・脚本 安部公房
音楽 武満徹
製作 勝プロダクション
出演 勝新太郎
市原悦子
渥美清
中村玉緒
昨年、どうもこのごろ「映画らしい映画」を観てないなぁ、と思っていた頃に、このブログにも度々コメントを下さるめとろんさんに教えていただいた中の一本が「燃えつきた地図」だった。
「砂の女」とおなじく安部公房原作、勅使河原宏監督のタッグ。サイケな感覚のタイトルバックに続いて、現代の東京とはかけ離れているであろうが、渋滞の列や線路に沿ってびっしりと立ち並ぶ家々からそれとわかる、都会の空撮から映画は始まる。
なんら普通の生活を送りながら、忽然と失踪した男の妻から依頼を受けた興信所の調査員が、調査を進めるうちに、都会、そして自分自身の「闇」にも取り込まれていく、というストーリー。
まず目につくのは、冒頭から一貫して「無機質な視点」を感じさせるそのカメラ。ズームやアップの多用、肩越しのショットなど、前衛的ではあるが決して「実験」に陥らないさりげない手法が目立つ。
安部公房作品に見られる「偏執的」な文体をなぞるような脚本(原作者の手によるものだが)と相まって,実に「アヴァンギャルド」という言葉がぴったりと当てはまる効果を生んでいる。中盤、主人公である調査員が、失踪人の妻を枯れ葉の中に埋葬するような幻想的なシーンは、「美しい」の一言に尽きる。不安を煽るように突然挿入される音楽は、巨匠・武満徹が担当している。
出演陣も超豪華。失踪者の妻には市原悦子。いまでは「あら、見ちゃった」な家政婦のような役柄が多いが、若く美しい妻役は、ストーリーの上で唯一「表裏のない」人間として、不思議な魅力を持つ彼女にピッタリかもしれない。事件の鍵を握る喫茶店「つばき」のウェイトレスに「元祖不思議系」吉田日出子。そして失踪者の部下に渥美清。ここでの渥美は一般的に広く知られる「俳優・渥美清」のイメージとは真逆な、気の弱く頼りのない男を実に「嫌らしく」演じていて、ホントにうまい役者さんだったんだなと感心させられる。他にも出番は少ないが、主人公の別れた妻役に中村玉緒。目の覚めるような「いい女っぷり」にはため息がでるほど。
そしてなによりこの映画の中心と言えるのが、主人公を演じる勝新太郎。当時絶好調であった「座頭市」シリーズなどとは違う現代劇。無精髭、黒いサングラスに黒いスーツ、私生活での暴飲暴食の影響が出始めた少々肥満気味の躯体を、国産名車、スバル360に押し込めて奔走する姿は、何とも言えず男臭く「カッコいい」。68年と言えば勝新37歳。前年に自身のプロダクション「勝プロ」を立ち上げ、映画界全体がエロ・グロ、青春ものと、「大衆向け」にシフトしているなか、こういった重いテーマの(ホモセクシュアルなシークエンスも挿入される)、「前衛精神に溢れた」映画を、プロデュースを含め手がけた「映画人」としての確かな嗅覚とセンスは抜群なものであったに違いない。
人ごみの中に身を置くと今でも息が詰まるぐらい田舎出の僕は、目のまえの一人一人にそれぞれ人生があることを思うと、目眩がしそうになる。都会で生きることの危うさや、自分の存在意義を失っていくことの恐怖を、丁寧に、そしてアヴァンギャルドな要素を織り込みながら描いたこの映画は、「古き良き日本映画」では決して無く、野心に溢れたかつての映画人が結集して生まれた貴重な一本に違いない。ビッグバジェットなハリウッド映画や、リメイク作などに辟易としている方には、機会があれば是非見ていただきたいと思う。
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